自然写真:画像一覧

2012年01月26日

終わらない





1月上旬でこのブログは終わるはずがまだまだやってる(笑)
そのあたりで書きたいことが終わるはずがなかなか終わらない。






たぶん4月までやらなくてはならないと思ってます。




  

Posted by i-jun at 21:35Comments(0)TrackBack(0)

2012年01月26日

真と心


画像・カンボジアののどかな風景


テレビを見ていたら
最近のSNSやらスマートフォンなどの最新ビジネス情報がでていた。
これを見た人は「やらなくては」と思っているのではないでしょうか。

個人的には本当にそれが必要なのか疑問を感じます。



便利な機能、アプリなど
使っているのか使われているのか
そういった情報によって
買っているのか買わされているのか
調べて知識を得たのか必要でもない知識も得たのではないのか

振り回されて心と真を失っていないか


便利さは忙しさを生みます。
便利さが単価をさげ個人の仕事を増やし貧富の差を生み出し
心を込める時間や仕事が減っているのではと感じます。


画像・カンボジアののどかな風景「川見(笑)をするひと」こんな時間、日本にはないなぁ

昨夜は久しぶりに旧友と会いました。
面白いことに皆それほどネットもSNSもやってません。
子育てやら家庭やら仕事の話を聞きましたが
生で話を聞いたほうがその気持ちというものがよく分かるものです。
皆がんばっているなぁと感じましたし、SNSやネット情報以上の伝わり方がありました。
しかも長い付き合いはいいものですね。お互いの成長も確認できます。
疲れませんし、癒されます。今後も続くでしょう。



画像・カンボジアの小学校
ネット環境もなく仕事なんてできない場所で座っていて見ていた風景。
これほどまで癒された時間はないです。





ビジネスなんて、そのような付き合いが出来る人って
人生において少ないでしょうね。

ネットを通してのビジネスなどの付き合いは
ネット予約が簡単に出来る分、解約も簡単と同じく
そのような必要、必要でないの簡単な付き合いではないでしょうか。
その中で競争のごとく、人によってはわけも分からず「何とかナウ」とか「いいね」とかがんばっていくのでしょう。

全否定ではなく、使い方によってはいい物だと思います。
ですが、場合によっては
利用するのではなく、利用されているのではないか。
振り回されて心と真を失っていないか。
と個人的には思うのです。

こんな仕事をしていてこんな事言うべきものではないですが(汗)










  

Posted by i-jun at 01:12Comments(0)TrackBack(0)自分のこと

2012年01月24日

想い



二十四の瞳の映画村



二十四の瞳は子供の頃、小説で読んだことがあり
今でも印象に残っているお話です。

内容は反戦のメッセージでしたが
個人的には深いものを感じます。




ここにくると不思議と懐かしさとせつなさで胸がいっぱいになります。
この時代を生きたわけでもないのにね。

「歌」
ここでは「童謡」が流れたりします。
「歌」は人を元気にもさせたり、更生させたりできるそうです。

昔は母親が子供によく歌を歌ってあげていて
それを大人になって聞いたとき不思議な力がはたらくそうです。


今はあまり子供に歌を歌わなくなったそうですね。


海と懐かしい物と歌が
人の心を洗ってくれるようです。
この場所でずっと海を見ていたいと思いました。





二十四の瞳を見たことがなくこれから見たいと思う人は読まないで下さい。
少しだけ内容があります。


「絆」

日本人が忘れかけていたこの文字
去年改めて見直されましたが
この話にはその今にはない「絆」が描かれています。


wikipedia.orgより二十四の瞳



「写真」
そしてこの写真。
自分が好きだと思う写真の一つです。
話の中で目が見えなくなった生徒さんが見えるといった写真。心の写真。
映画の内容的にも重要な写真ですが、撮影した子供達、役者にとってもいい写真だったと思います。



「戦争」
先生はいつでも先生でいたいものですし、
生徒はいつまでもわが子のように可愛い生徒です。
戦争で理不尽に会えなくなった人の事を思うと
先生としても切ないでしょう。


今の時代は平和ですが心の戦争と聞きました。
日々、意味のない小さな戦争もあると思います。
場合によっては一身上の都合で生きているのに会えない人がいたりと
なんて贅沢なのでしょうか。

人に平和に会える喜びを真に考えていきたいと思う。




この写真は2008年に撮っています。
この二十四の瞳についてはいつかブログにアップしたかったのですが
今、ようやく出来る事の意味がわかった気がします。



「追記」
心の戦争と書きましたが
今現在、実際の戦争はいつ起きてもおかしくないと思っています。
外国で起きる戦争も対岸の火ではないのです。
震災で大勢の人が死んでしまいました。世界の人々が日本に愛をむけてくれました。
それなのに今度は戦争で人が人を殺してしまうなんて、それはあまりにも悲惨ではないでしょうか。

それと二十四の瞳はどうしても自分のなかでは
まだ何か意味がありそうな気がするし、文章もめちゃくちゃなので
たぶんそのうちもう一度記事にするかも。





  

2012年01月23日

20120123の空


2012年1月23日の空

慰められることを求めるよりは、慰めることを
理解されることよりは、理解することを
愛されるよりは、愛することを
求める心をお与えください

アッシジの聖フランシスコの祈り




生きている間は人は自分の生まれた日は気にするが死ぬ日は気にしない。
死んだ後、周りの人はその人が生前気にしない死ぬ日を気にする。

不思議に感じました。
はたして自分が死ぬ日はいつなのでしょうか?




この世の最大の不幸は、貧しさや病ではありません。
だれからも自分は必要とされていない、と感じることです。

マザーテレサ




死ぬ日までがこの気持ちであれば、とてもつらいものです。




マザーテレサは死んでいく人たちに愛を与えてきました。
素晴らしい人だと思います。

マザーテレサと同じ人生を歩むのではなく
マザーテレサと同じ考えをもって人生を歩む事が必要。

そう感じた今日の景色。





  

Posted by i-jun at 20:03Comments(0)TrackBack(0)

2012年01月12日







  

Posted by i-jun at 22:07Comments(0)TrackBack(0)水面・水